ハルパパのリウマチ奮闘記

リウマチ歴10年目、2人の男の子を育てつつ、漢方と食事療法でどこまで治せるかチャレンジ中。過去のリウマチ話や日々の経過、家族との日々を綴っていきます。

リウマチ✖️農業 その3

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長男が夏休みに突入しました。小学生の時に夏休みは待ち遠しいものでしたが、親となった今は仕事は通常モードにも関わらず子供の世話がプラスされるという過酷な期間です。夏休みの間は大体学童に通うためお弁当を作らなければなりません。妻のお弁当×2では済まず、好き嫌いが多い長男のお弁当はザ・男子弁当といったメニューになり、新たなおかずを追加しなくてはなりません。さらに今年は学童に行きたくないと騒ぎ出す始末です。私は、「学童に行きたくないなら、それに変わる楽しいことを自分で見つけろ!」と叱りつけました。長男は不貞腐れてゴロゴロ転がっています。ふと、青森に行きたいと言い出しました。青森は妻の実家で、お盆と正月には必ず帰省しています。お父さんと次男くんは一緒に行けない、先に行くとしたら1人で行くしかないよと言いました。去年までは1人では行けないと怖気付いていましたが、今年は1人で先に行くと言い張りました。私はいい経験になるかもと快諾し、青森のお母さんにも了承を得ることができました。さてさて、どうなる事やら。。

 

本日も、地元に戻り農業を始めてからのリウマチの変化についてお話しさせていただきます。

リウマチが暴走する前ですが、西洋の薬を一旦やめ知り合いに紹介してもらった台湾出身の陳先生(仮名)にリウマチを診てもらっていました。陳先生の診療所は、先生のゆるい雰囲気と同じく内装もあまり拘っておらず、漢方の香りなのかいつも何とも言えない怪しげな匂いが漂っていました。治療は、かなり強引な整体と太めの鍼、熱めのお灸でした。整体や鍼灸は初めてだったため先生のやり方には、当時は疑問に思っていませんでした。先生はその昔、台湾の街を歩いていた際、引き寄せられるように中国整体の師匠に出会い教わったそうです。陳先生の整体はそんなに無理やりで大丈夫かと思うほど、曲がった指を無理やりに伸ばしたり捻ったり、鍼は完全に神経に直接触れてるといった感じで、毎回痛みとともにビクッと体が動いてしまうものでした。

そんな治療法だったためか、あまり良くなる兆しはありませんでしたが、しばらくは信用して続けていました。薬は、漢方薬などではなく大量のサプリメントでした。小便が真っ黄色になってしまい、きちんと体に吸収されているのかと少し心配でした。何せかなり高額なサプリメントだったもので。。ただ限界が訪れてしまいました。

確か、2年目の夏の事でした。灼熱の太陽の下、毎日のように野菜の収穫を行なっており、その時は300坪の畑で地面に膝をつきながらじゃがいも収穫していました。毎日繰り返していると肘や膝、腰、首の痛みが出てきて、その痛みが次第に強くなりました。そして、とうとう膝が痛すぎて立ち上がるのもやっとになり、首の痛みがひどく上を見上げることも左右に首を振ることも出来なくなってしまいました。とても仕事どころではなくなり、半月ほど休みを余儀なくされました。。